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あしあと

    後花園天皇宸翰女房奉書と一休宗純

    • [2026年5月8日]
    • ID:23707

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     京田辺市史編さんの一環として、IT市史に取り組んでおり、京田辺の歴史や文化などをインターネット上で紹介しています。ここでは、重要文化財に指定されている後花園天皇宸翰女房奉書と一休宗純の関係について紹介します。

    後花園天皇宸翰女房奉書とは

     後花園天皇宸翰女房奉書(ごはなぞのてんのうしんかんにょうぼうほうしょ)は、後花園天皇(1419~70)の宸翰である女房奉書です。女房奉書は天皇の側近である女房が天皇の意思を奉じて書いた仮名書きの文書を意味し、宸翰とは天皇の自筆の文書を意味します。本文書は、その書風や端裏書と箱書に書かれている「文安六年(1449)四月十七日」という日付から、後花園天皇が31歳の頃に女房奉書の様式で自筆したものと考えられています。

     一般に女房奉書は、雁が飛ぶ姿のような書体である雁行(がんこう)の散らし書きで書かれます。また、封紙を使わず、本紙の一部を切って封をする「切封」であることも、女房奉書の特徴のひとつとされます。本書も女房奉書特有の雁行の散らし書きで書かれています。切封の紙紐も残っており、当初の姿を留めていることも貴重です。同書は昭和52年(1977年)に国の重要文化財に指定されました。古文書としては、本市で唯一の重要文化財です。現在、同書は酬恩庵一休寺が所蔵しています。

     本文書は、後花園天皇が一休宗純(1394~1481)の病臥を知り、その法流の断絶を憂慮して、養生の上、仏法をさらに盛んにすることを思われたという内容が書かれており、一休と天皇との交流を伝える文書と言えるでしょう。

    本文書の宛名「菅宰相」は「菅原氏の参議」である東坊城益長(ひがしぼうじょうますなが、1407~1475)を指します。東坊城益長は、康正2年(1456)に権大納言に任ぜられ、後花園天皇、後土御門天皇に学問を教授する侍読を務めました。文明6年(1474)に益長が没した際には、三条西実隆がその死を惜しんで「譜代の鴻儒、当時の碩学惜しむべし」と「実隆公記」に書き記し、その学識を称えています。また、東坊城益長は一休に帰依し、「宗麟」の法名を貰っています。本書は一休と親密な関係にあった益長を介して一休に伝えられたと考えられます。

    後花園天皇宸翰女房奉書

    「一休和尚年譜」と後花園天皇宸翰女房奉書

     一休の弟子である、没倫紹等(もつりんじょうとう、墨斎)が編さんしたとされる「一休和尚年譜」の文安6年(1449年)の項には一休が病んだという記述はありません。しかし、同年譜の文安4年9月には、心労のつのった一休が譲羽(ゆずりは)山(現高槻市)に入って断食の上で死期を待っていたのが天皇の耳に届き、一休を諫めたという趣旨の記述があります。後花園天皇宸翰女房奉書が書かれた文安6年とは2年のずれがあり、いずれかの年記に誤りがあるのか、2年を経て一休の病状を後花園天皇が知ったのか、年譜の記述とは別に2年後にまた一休が病を得たのかはわかりません。それでも、年譜の出来事と本文書の内容が似ているため、その関係が指摘されるところです。

     文安4年の年譜には、この年に起こった大徳寺僧の入獄事件について書かれています。一休の詩や偈頌(げじゅ)を集めた『狂雲集』には、この時のものとされる9編の偈(げ、韻文を意味します)が収録されています。その前書きには、ある僧が大徳寺の伽藍で理由無く自殺したこと、それに巻き添えとなった5、6人が牢に入れられたこと、この顛末を聞いた一休が憤慨したことが書かれています。

     いずれも、後花園天皇宸翰女房奉書との関係を確定することはできませんが、一休の当時の状況を考える上では興味深い内容となっています。
     なお、後花園天皇宸翰女房奉書は、『京田辺市史資料編第2巻 中世・近世資料』に活字化したものを掲載しています。

    参考文献

    飯島孝良「酬恩庵一休寺の宝物について-史料調査の報告と紹介-」『花園大学国際禅学文化研究所論叢第19号』(園大学国際禅学文化研究所,2024年)

    「重要文化財」編纂委員会編『解説版新指定重要文化財9 書籍・典籍 古文書3 歴史資料』(毎日新聞,1984年)

    『新指定重要文化財図説 昭和51年度』(文化庁,1979年)

    桜井好朗・福間光超編『日本名僧論集第10巻 一休・蓮如』(吉川弘文館,1983年)

    帝国学士院編『宸翰英華』(思文閣出版,1988年)

    今泉淑夫校注『一休和尚年譜』1・2(平凡社,1998年 )

    一休宗純『狂雲集』(中央公論社,2001年)

    石田瑞麿他『新・佛教辞典』(誠信書房,1962年)

    京田辺市史編さん委員会編『京田辺市史資料編第2巻中世・近世資料』(京田辺市,2026年)


    監修:横内裕人(京田辺市史編さん中世・近世部会員 京都府立大学文学部教授)

    作成:市史編さん室

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